特集
~みんなのオーガニック~
【連載】世界農業遺産が紡ぐ、食・農・地域の未来 ~ にし阿波の傾斜地農耕システム①
教育テック大学院大学 教授
BIOFACH JAPAN 2025 実行委員
「世界農業遺産を巡るシリーズツアー」監修

徳島県西部の美馬市・三好市・つるぎ町・東みよし町からなる「にし阿波」は、標高100~900m、最大斜度40度の急峻な山間地に位置し、400年以上にわたり斜面のまま耕す独自の農法と農村文化を維持してきた地域です。2018年には、こうした持続的な営みが評価され、世界農業遺産に認定されました。
この地域では、段々畑にせず、傾斜地そのままで耕作を行います。風雨による土壌流出を防ぐため、ススキなどのカヤを乾燥・刻んで敷き込むために必要な「コエグロ」や、流れ落ちた土を回復するために、伝統農具の「サラエ」を使った“ツチアゲ”、さらにトンガやヒトリビキといった鍬を用いた深耕技術などが受け継がれています。
にし阿波の山間地を象徴する作物は、在来種の雑穀(アワ、ヒエ、キビ、ソバ、タカキビなど)で、野菜や果樹、山菜などと組み合わせた少量多品目の複合経営が行われています。こうした農業は、気候変動や病害への耐性を高め、地域の食と暮らしを支えています。収穫された作物は「スーパーフード」として道の駅や高級レストランなどでも販売され、経済的な価値も高まっています。
また、鍛冶職人による農具づくりや、神代踊り・お亥の子さんといった伝統行事、生物多様性豊かな環境も地域の誇りです。現在は、教育旅行や企業連携、「天空の集落畑再生プロジェクト」などを通じて担い手育成や関係人口の創出にも取り組んでおり、地域全体が持続可能な未来に向けたモデルとして注目されています。
オーガニック・コミュニティビジネス
にし阿波の傾斜地農法ではソバや雑穀の栽培が行われていますが、有機農産物では藍と柚子をご紹介します
1. 「藍は生きている」——つるぎ町・家賀で蘇る色と暮らし
徳島県つるぎ町、標高500メートルの山あいにある小さな集落・家賀(けか)。ここで藍の有機栽培に取り組むのが、「家賀再生プロジェクト」代表の枋谷(とちたに)京子さん(74)です。かつて耕作放棄地となっていた急傾斜の畑を、自らの手で切り拓き、地域に根差す植物・蓼藍(たであい)を再びこの地に蘇らせました。
枋谷さんが育てる藍は、ただの染料ではありません。「藍は食べられるんよ。薬草でもあるし、ほんまに強い植物なんです」。そう語る彼女は、農薬も化学肥料も使わず、自然と共に生きる伝統農法を守り続けています。中でも重要なのが、「カヤ(茅)」を使った土壌保全の工夫です。藍畑もまた、この「天空の畑」と呼ばれる傾斜地にあり、カヤのマルチがふかふかと土を守っています。地域資源を活かすことで、農薬に頼らずとも生命力のある作物が育つのです。

藍は乾燥させて粉末にされ、「家賀の藍粉」として製品化。ホットケーキ、そうめん、ヨーグルトなど、日常の食に取り入れられるスーパーフードとして注目されています。抗酸化作用や整腸効果もあり、美と健康を支える“食べる藍”に注目が集まっています。
藍の歴史をたどれば、徳島は「阿波藍」として江戸時代から日本一の藍の産地でした。全国の染物職人が徳島のすくもを求め、経済の要として栄えました。しかし、明治以降の化学染料の普及で衰退し、多くの農家が藍づくりから離れていきました。そうしたなか、枋谷さんの取り組みは「藍とともに生きる暮らし」を再生する試みでもあります。また、古民家を改修した体験拠点「家賀乃里 古城」では、藍染め体験や山菜摘み、地元の食を囲む交流の場も提供しています。都市部の訪問者や企業研修、海外からの観光客などが訪れ、家賀の風景と人々のあたたかさに触れています。
「カヤを刈って藍を育て、命を繋ぐ。ここには、生きるってどういうことかが詰まってるんよ」
藍の葉を見つめながらそう語ります。カヤを背負って斜面を登り、土に手を入れる彼女の姿は、美しい藍色とともに、土地と人の再生を象徴しています。わたしも、家賀の「藍の暮らし」に関わりたくなりました。
サステナブルな地域づくりにつながる5つの視点
在来作物やカヤなど地域の資源を活かした有機農法の実践。藍やユズなどを食や体験、加工品として多角的に活かしながら、関係人口を育み、世代を超えて未来を耕す。あなたの地域にも眠る「農の可能性」を再発見し、有機農業を軸にした地域づくり5つの視点をまとめました。
1. 在来作物と伝統農法の価値を見直す
キーワード:在来種、雑穀、傾斜地農法、地域固有の農林業システム
地域固有の在来種(アワ・ヒエ・キビなど)は、環境変化に強く、地域の食文化の核でもあります。傾斜地やカヤを活かした持続可能な耕作技術の再評価は、地域固有の農林業システムを活かした地域ブランドを育てます。
2. 複数の用途を考える
キーワード:有機農法、食べる藍、藍の健康機能
藍を染色のみならず、「食べる藍」としてとらえます。藍の抗酸化・整腸などの機能性を訴求し、新しい健康食品としての展開が可能です。
3. 六次化で付加価値を生み出す
キーワード:六次産業化、実生ユズ、ジャム・ピール・藍粉
有機農産物を食材として終わらせず、加工品・飲食・体験へと展開することで収益を多様化。藍そうめんやユズジャムなど、ストーリー性のある商品や体験に展開できます。
4. 都市とつながる関係人口を生み出す
キーワード:関係人口、移住、教育旅行、体験拠点
栽培・収穫応援ボランティア、藍染め・柚子胡椒づくりなどの体験を通じて都市とのつながりをつくり、単なる観光でなく“関わり続ける人”を地域に増やすことができます。企業研修やインバウンドとの連携も有効です。
5. 農の未来を、世代を超えてつなぐ
キーワード:担い手育成、実生ユズ、18年計画、天空の畑再生
収穫まで18年かかるユズや、急傾斜地での農業技術の継承は、次世代へバトンを渡すことにつながります。「時間とともに育てる地域づくり」という発想を共有してみませんか。
大和田順子さんプロフィール:
博士(事業構想学)、教育テック大学院大学 教授/地域力創造アドバイザー
東急グループ、イオングループ等にてソーシャルマーケティングの実務を経て、2002年環境と健康を大切にするライフスタイル「LOHAS(ロハス)」を日本に紹介、普及に尽力。近年は「SDGs未来都市」、世界農業遺産認定地域の活性化、地域イノベーションなどに関する実践・調査・研究を行う。
2014年~2020年、農林水産省「世界農業遺産等専門家会議」委員。2022年3月、総務省「令和3年度ふるさとづくり大賞」個人表彰部門で総務大臣賞受賞。2021~2023年度、同志社大学総合政策科学研究科ソーシャル・イノベーションコース教授。2024年10月~立命館大学日本バイオ炭研究センター客員教授。2025年4月、教育テック大学院開学、教育経営コース教授。
「世界農業遺産を巡るシリーズツアー」監修、同行。BIOFACH JAPAN 実行委員
主な著書:『ロハスビジネス』(共著、2008年、朝日新書)、『アグリ・コミュニティビジネス』(単著、2011年、学芸出版社)、『SDGsを活かす地域づくり』(共著、2022年、晃洋書房)他。
国内の世界農業遺産を巡るツアーについては、こちら
https://grainmeister.org/giahstour/